汚いソースコードは欠陥商品と同じ

正常に動きさえすればいい、というレベルの汚いソースコードをよく見かけます。
趣味で個人的にプログラムを書いているのなら、それでも構いません。
が、仕事として対価を受け取って書いているプログラムがそれでいいのでしょうか?

 

仕事に対する考え方は人それぞれですが、少なくとも私は駄目だと考えています。

 

例えば、新品の時計。
問題なく動きますが、実は中の歯車にヒビが入ってるとします。
さて、この時計に定価で買うだけの商品価値があるでしょうか?

汚いソースコードで作られたシステムも、この時計と同じです。
いくらバグが無くても、商品として完璧とは到底言えません。
しかもシステムの場合、時計以上に素人が外から見ても分かりません。

 

もちろん、一回作ったら終わりの時計と違って、プログラムは常に修正や仕様追加が入り続けます。
しかし、だからこそ、思わぬ故障(不具合)を招きかねない欠陥は常にできるだけ少なくしておく必要があると私は考えています。

確かにバグを全部潰したプログラムを納品しさえすれば一応、要求された仕事は満たしたことになるかもしれませんが、それだけではプロとして不十分です。

 

対価を満額もらうだけの価値があるプログラムを書いているかどうか、今一度ご自身のプログラムを見直すことをお勧めします。

もしかしたら、あなたは欠陥商品を作ることに慣れてしまっているかもしれません。




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です